2010.09.26

水木しげるは書く 「玉砕」といったって死ねるもんじゃない

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「一体なんのための玉砕なのか」

ふたりの少尉が砂浜にすわり、海を見てつぶやいている。南太平洋ニューブリテン島の聖ジョージ岬。

若い隊長の死を急ぐ決意で、玉砕をすることになった部隊が、敵部隊への突撃をこころみたが貫徹できず、多くの兵が生きのこって敗走をしていた。このふたりは、そこから逃げのびて岬までたどりついたが、じぶんたちの意に反して司令部から「玉砕の命令は守られねばならぬ」と追求され、自決を迫られていた。
仲間に別れを告げると、浜まできて座りこんでいた。「なんのための自決なのか」「おい、もういうな」

命令とはいえ、戦闘を生きのこったのに、なぜ死ななければならないのか。ふたりには合点がゆかない。そこへやがて参謀がきて「えらく時間がかかったねえ」と促す。もうあとはなかった。
ふたりは海にむかってならび、介添えを得て、腹を切る。

水木しげるのまんが「総員玉砕せよ!」の一場面である。水木自身のパプア・ニューギニアでの体験をもとに9割が事実として描かれた戦記である。

このあと、この部隊は再度の玉砕にむかう。そして兵たちは死んでゆく。ふたりの少尉に自決を強いた参謀は、流れ弾にあたって死んでゆくが、そのとき部下とのあいだにつぎのようなやりとりをしている。

「水本少尉、俺に代って指揮班の指揮をとれ」
「はあ?」
「指揮をとるのだ。敵を前にして玉砕の心がゆらいだか」
「いえ、参謀どのは」
「わしは兵団長閣下に報告する義務のあるものだ」
「すると我々と共に死んで下さるんじゃなかったのですか」

参謀に代って部隊の玉砕の指揮を命じられた少尉はあぜんとしている。水木は別文で「参謀はテキトウな時に上手に逃げます」と書いている。そして兵の本音を書く。「だいたい同じ島で『オレたちあとで死ぬから、お前たち先に死ね』といわれても、なかなか死ねるものではありません」
水木の部隊は、実際にはこのあと戦闘にあわず、のこった兵は生きのびることになったという。

玉砕という。玉が砕けるそのイメージとしては、美しい。また意義は「信念や道義を守りいさぎよく死ぬこと」で、日本の伝統的な価値観にささえられて、美的な世界をつくりあげようとする。
しかしそれは紙のうえで考えられた観念である。実際の戦場の死はみじめである。また無惨である。水木はそのように伝えている。
「あとで死ぬから」と言って部下に死を命じた上官たちが、じつはちゃっかり生きのこっていた。水木はそのことを明かしているが、驚くべきというか、日本軍の組織を動かしていた指揮とはそのようにちゃらんぽらんなものだったのか。

どうも、このちゃらんぽらんな参謀が、わたしが働く組織の「参謀」と重なってくる。いや、「参謀」がちゃらんぽらんなら、管理職もちゃらんぽらんである。そして、わたしだって…
経営が追いつめられた会社は、容赦なく従業員の首を切ろうとする。経営者は末端の人間の「首を切れ」と命じてくるけれど、いっぽう、じぶんだけはたんまり退職金を手に逃げてゆこうとしていないか。

日本の組織は、かつての日本軍のそれと、本質的なところで、あまり変わっていないんじゃないか。

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