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2009.02.03

貧乏がふつうの国になっていくのか 平成21年 それはそれで

R0010108

岡林信康の歌にいまふたたび注目が集まろうとしている。らしい。
小林多喜二についで、岡林。という思いがする。

 うちがなんぼはよ おきても
 お父ちゃんはもう くつトントンたたいてはる
 あんまりうちのこと かもてくれはらへん
 うちのお母ちゃん どこへ行ってしもたのん…

「チューリップのアップリケ」は名曲だと思う。

カラオケでこれを歌うと、暗いといわれた。
暗くても、いいものはいいんだっ。
そういう「暗い」といわれた歌に人が魅かれていく、
共感していく、ってことは、世相がそこにあらわれてるんだろうね。

ぼくが学生時代をすごしたのは、1980年代。
世はバブル景気にわき、華やかなもの、派手なものが人気を
あつめていった。軽重浮薄の時代ということがいわれた。
世の流れに反して、ぼくは、暗いもの、重厚長大なものへと
気持ちがひかれていった。なぜか。

「貧乏」という言葉が、ふだんの生活のなかで普通に発せられる、
そういう時代に育った。ウチがとくだん貧乏だったわけではない。

 「子どもの頃、貧乏の子、貧乏の子といってよく苛められた」

叔母が口にしていた言葉が耳にのこっている。
とくだん貧乏だったわけではないが、家族の者が「貧乏って
どういうことなのか」ってことをいつも意識しながら、
少しでもくらしをよくしようとつつましく生きていた。
そういう感性が、ぼくのなかにも染み付いている。

けれど、いつのころからか、「貧乏」という言葉が
生活のなかで違和感をおぼえる、そういう雰囲気になっていった。
貧困というものは、身近なところにはない、地球上のほかの
国での出来事のような感覚になっていった。

「チューリップのアップリケ」は歌う。

 みんな貧乏が みんな貧乏が悪いんや
 そやで お母ちゃん 家を出て行かはった

貧乏が悪い。貧乏のせいでうまくいかない。
どうして貧乏なんだろう。そういうことを意識せざるをえない、
そういう時代になっていこうとしているのだろうか。

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