ジャングルを生き抜いた ぼくのおじさんの話を聞いてやってくれ
ぼくのおじさんである。やりたい放題やって、親戚に迷惑をかけまくり、昭和を生き抜いてきた男である。1922年生まれ。16歳で「満州」へ渡る。戦争中の43年、南方戦線への移動中に敵潜水艦の魚雷を受けて沈没し、一週間海上を漂流した。それから36歳の時に妻とともに南米ボリビアへ移住して30年あまりを過ごす。製材業で一財産を築いた。91年に帰国。その後ハンセン病を発症。2006年に他界した。
< ジャングルおじさん 正一は語る その1 >
借金なんか怖くなかった それに 時代が変わってしまえば金の価値なんか変わってしまうじゃないか
借金なんか怖くなかった。
日本で事業をやるのに借金したり、
それを踏み倒したりしていたからね。
返せなくたって、最後にはどうにかなると思ってたよ。
おじさんは、移住先のボリビアで、
お金を借りては農業資金として使い、
米の作付けをすることをくりかえしていたが、
米が取れなかったり、取れても売れなかったりで、
毎年借金がふえていく「借金地獄」に陥っていた。
たしか、あの当時(1960年頃)のお金で、
3000ドルにまでなっとったかな。
移住した者たちのなかで、
最高の金額だった。
ははは、だけど、そんなのへえちゃらだったよ。
金を借りていた海協連から支部長が来て、
返済計画をつくって返してほしいと言ってきたんだ。
だけど、
こっちにも言い分があるから、
「借金を払えっていうなら、払える段取りをしてくれ」って
言ってやったよ。
その当時、
日本人の海外移住を進めていたのが
「海協連」という組織で、
これがのちのちに現在のJICAへと変わっていく。
移住計画がかなりずさんだったので、
現地で計画通りに生活をなりたたせることができず、
移住者は苦労を重ね、
脱落していくものが多かった。
みんな、「だまされた」って言って、
怒っていた。
だけど、わしは、16歳のときに満州へ行って、
そんときにだまされた経験があったからね。
最初からいろんなことをあてにしてなかったよね。
海協連の計画じゃ、
じぶんが割り当てられた農地まで入っていく
道ができているはずだったけど。
それができてなかった。
わしは行く前から、
そんな道なんかどうせできていない、あるわけないって
思ってたよ。
それで、ジャングルに着いたら、
最初に鉄砲一丁と馬を一頭買って、
ひとりでジャングルへ入っていったんだ。
みんなから、
「もしものことがあったらいけないから、一人で行くのはやめなよ」
って言われたけど。
だいたい、わしは、
ジャングルで鉄砲を撃ちたくてボリビアへ行ったんだからね。
ははは。
(つづく)
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